[展覧会感想]大いなる遺産 美の伝統展(3)-佐竹本・三十六歌仙絵巻切断事件

前回のつづき

東京美術倶楽部の一階にて食堂室みたいなところの壁一面に
展示してあった美術関係史。
そのなかに、目を引く文を発見。
「佐竹本・三十六歌仙絵巻切断事件」のことが書かれてあったのだ。
先週出光美術館で終わったばかりの「歌仙の饗宴」
という展覧会でその三十六歌仙絵巻がいくつか並んでいたけど、すぐそれを思い出した。

この切断事件というネーミング・・ということは、
やっぱり事件だったんだなーと思いながら、その事件内容を食い入るように読み、
やがてバックから手帳を取り出して、急いでその文をメモッたので、
ここにそのまま載せたら、東京美術倶楽部さんから著作権法違反で訴えられては、
・・なんてことはないだろうけど、少なくとも怒られるのはたまらんので、
自分なりにまとめてみようと思う。

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大正6年11月、山本唯三郎という会社の社長さんが、
佐竹候爵家の売立の際に35万3千円で手にする。
ちなみにその会社は松昌洋行という会社で、
船舶業でかなり稼いでいだわけだ。
ところが、第一次世界大戦の影響のために、
事業が急激に先細り状態に陥ってしまい、
「背に腹は代えられないんだ状態」ということで、
山本氏は信実の三十六歌仙絵巻を手放さなくてはならなくなった。

しかし、この不況の中で個人でもって高額を出せるものはいなかったので、
なんと36枚に分断することになり、行く人かの数奇者へ渡っていったというわけだ。

品川の御殿山にあった益田孝(三井物産の創始者、益田鈍翁(どんのう))邸には、
全国から40名の数奇者が集まって、36枚に分割された絵巻は
抽選により所有が決められたという・・。

これが大正8年(1919)12月20日、佐竹本・三十六歌仙絵巻切断事件である・・。
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「数奇者」というものはタダの金持ちをさすみたいで、
よくわからないけれども。「すきしゃ」というより
「すきもの」と読むほうがいいみたいだ。

当時一万円はいまの一億円ということらしくて
ちなみにもうちょっと調べてみると、
山本氏が売りに出したとき、この分断される前の絵巻物の値段は、
今で言う40億円ぐらいだったらしい。
そして36枚に分断され、今で言うと一枚数億円になるだろうといわれている。

先ほどの出光美術館では9枚展示したらしいけど、
所蔵先は個人、出光美術館、大和文華館、野村美術館、
遠山記念館、文化庁といったところ。
36からたった9枚だけど、それだけでも大変なことなのだ。
・・なんていまさらながら気づいたこと白状しておこう(笑)

当時の時代の波と金持ち個人の事情により翻弄される美術品の運命。
ちりじりになった36枚が再会することは絶望的らしい。
もし実現できたら、すっとんで観にいくぞ。
分断されずにそのままになっていたら、
それはもう超重量級の名品であること間違いないと思う風邪ひきそうな日曜の夜だった。

[以下を参考にさせていただきました]
トライクレクトさん(とても詳しい)
わいわいひろばさん
いづつやの文化記号さん(1)
いづつやの文化記号さん(2)
From Dewanokuniさん

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